いーぷくんの興味探求

高校2年生のいーぷくんが興味あること気になったこと全部記事にしていきます!

【発達障害のすゝめ】発達障害者が会社や学校でうまくやっていくには

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発達障害の子どもは小学生の頃はまだ目立たないかもしれませんが、中学生や高校生になると周りの子どもがより強い社会性を身につけるようになり、いじめや不登校を含む問題が多く出てきます。

どうすればそんな発達障害の子でも周りとこの先うまくやっていけるのでしょうか?

何を持ってそれがその子にとっての正しい支援と言えるのでしょうか?

今日はそんなことを書いていきます。

 <はじめに>

本題に入る前に、まずに私の個人の話からさせてもらいますと、

実は私も「ADHD」という発達障害を持っております。

私は今現在、公立の普通科高校に通っているのですが中学を卒業し高校に入った頃から、私の身の周りで今まではなかったタイプの問題が多発するようになりました。

友達はできないし、今までは見逃されていたことで生徒指導を受けるようになりました。

 僕のような状況に陥っている中学生や高校生というのは珍しくないのではないかと思います。

また、この障害について正しい知識を持っている大人というのも少ないのが私が受けている印象です。

自分の生活スタイルを向上させる意味と共に、もっと色んな人に発達障害に関する知識を広めるために、私も今まで様々な本を読み、自分と比較し自分なりに分析をしてきました。

今回の記事は、いかにすれば発達障害の子がうまくやっていけるか、同じ境遇に立つ僕の目線でみなさんに意見を共有したいという思いで書きました。

少し長くなるかもしれませんが、目次の方から必要な情報を取り捨て選択して読んでいただければ幸いです。

なぜ何回言っても同じことが出来ないのか

まず最初に私が多くの人に認知もらいたいと思ってるのは、発達障害を持つ人が定型発達の一般の人と全く違う世界に生きているということです。

僕は障害のせいで「出来ない」ものは、どうあがいても出来ないと思ってます。

つまり何がいいたいのかと言いますと、定型発達のあなたの「常識」というのは発達障害を持つ人の「常識」とは全く別物であるということです。

違う世界に生きている定型発達の人はその「出来ない」が理解できないので「出来る」というのです。

ここを理解しなければ何も始まりません。

常識が違えば行動も違いますし思考パターンや世界観も違います。

だからこそ、発達の人から世界をひっくり返すような発想が生まれるのです。

なぜ僕達「発達障害児」が学校で馴染めないのか

しかし現在の学校教育というのは、

子ども達に同じ行動をさせることで、共有世界、即ち「社会性」を見につけさせるというのが「ベース」になっています。

そしてこれが、発達障害の子が学校で馴染めなく原因でもあるのです。

学校ではみんなが同じ「常識」を持つように教育が行われますから、はなから同じ世界に住んでいない発達障害の子はそこに合わせることができないのです。

同じ常識を持つように教育された子ども達は「異物」を排除しようとするようになります。ここからイジメが生まれてくるのです。

話をまとめますと発達障害者が学校で馴染めないのは人と違った「常識」を持っているからというこです。

ここで注意してほしいのはこの常識には、どうしても変えることができないものがあるということです。

ここを吟味し、理解することで発達障害はその底力が発揮されると思います。

どのようにして上手く周りと付き合っていくか

今日の本題はこれです。

周りとの「常識」がズレているせいで僕たちは人間関係からハブられ、時にはイジメにあったりします。

これをどうするかです。

僕の場合、最終的にある程度距離をおいた関係性を築くようにしたところで人間関係は上手くやっていけるようになりました。

集団生活を行う学校にいると、どうしても周りに合わせないといけないような気持ちになってしまいます。

しかし私は、わざわざ難しい人間関係の世界に入ることをするよりも、あえ一人で過ごす時間を増やすほうがいいと考えます。

一人で過ごすことにより、自己のアイデンティティをより発展させることが出来ますし、何よりも気楽ですし気ままに好きなことをやってられます。

いじめっ子達が標的にしている子達って大概が表情に自信が見られないような子ばかりです。そのほうが彼らもイジメをやりやすいのでしょう。

自分に自信を持っているような顔をしておけば、たとえ一人になったところでイジメられることはありません。

大人が支援してあげられることとは

発達障害を持つ子に対する正しい「支援」ってなんでしょう?

上では当人が意識することである程度はうまくいくようになるよ、

という趣旨のことを書きました。

では、周りの大人が彼らに支援してあげられることって何があるんでしょう?

何を持ってそれが正しい支援だと言えるようになるんでしょう。

 才能でもあり、障害でもある発達障害

最初に、僕は発達障害が世間一般で言われている障害とは同じだと思っていません。

むしろ、発達障害が一種の才能にもなりうるものだと確信しています。

しかし、普通の人とは見えているその世界観が違うために、

それは「障害」にもなり得るし「才能」にもなり得ると思うんです。

ですので支援者はいかにその発達障害の人の特性を障害ではなく才能に変えるということを考えなければならないと思います。

さて、ではどうすれば障害が才能になるんでしょう。

短所はほっとき、長所を思いっきり伸ばす

私は、そういった研究者でもなければ教育者でもありません、ましてや大人にさえなってないタダの高校生です。

ですが、そんな短い私の人生を通して一つだけ確信できるのは、

短所はほっておいて長所を徹底的に伸ばせてということです。

発達障害を子に持つ方達はその子の短所にばかり目がいきがちですが、視点を変えてみると、とんでもない長所があったりします。

できない短所はほっておいて、思いっきり集中できる長所を伸ばすのが発達障害の子どもに対する正しい支援法だと僕は考えます(社会規範は覚えさせましょう)

まとめ

僕が思うに、同調をすることも社会生活を営んでいく上で大切なことだと思います。

しかし、それができないからといって自尊心を低く持つというのは何か才能を無駄にしちゃってるような気がします。

いじめられたらいじめられたで孤独になったら孤独になったで、自分をみつめなおし、自分にしかできないようなこと考えた上で方向性を決めるようなことができれば自ずと道が切り開かれてゆくのではないしょうか?

 また、保護者であればその子を信じ、得意を伸ばすというのが、障害を才能に変える方法だと思います。